東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)93号 判決 1985年3月28日
原告 倶利伽羅滋雄
被告 厚生大臣
代理人 窪田守雄 崇嶋良忠 ほか一名
主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五六年八月二五日にした真野寂順、立岡晄、丹部一雄、松井泰治朗、伊藤日出夫、田中浩蔵及び近藤昭二郎をそれぞれ社会福祉法人ひかり福祉会の仮理事に選任する旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文同旨
(本案に対する答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の地位
社会福祉法人ひかり福祉会(以下「本法人」という。)は、精神薄弱者授産施設であるひかり園作業所(以下「ひかり園作業所」という。)の設置経営を行うことを目的として社会福祉事業法二九条一項の規定に基づき昭和五一年五月一八日厚生大臣により設立が認可され、更に同五四年七月二三日同法四一条の規定に基づく定款の一部変更の認可により、精神薄弱者授産施設であるたんぽぽ作業所(以下「たんぽぽ作業所」という。)の設置経営をも事業目的に加えた社会福祉法人であり、原告は本法人設立時よりの理事であつて、理事長である。
2 本件仮理事選任処分の存在
被告は、本法人の理事が昭和五五年五月三一日の任期満了により存在しなくなつたとして、同五六年八月二五日真野寂順、立岡晄、丹部一雄、松井泰治朗、伊藤日出夫、田中浩蔵及び近藤昭二郎をその仮理事に選任する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
3 本件処分の違法事由
(一) 本件処分は、次のとおり滋賀県(以下「県」という。)が、原告及びその長男である倶利伽羅春彦(以下「春彦」という。)の本法人理事たる地位をはく奪するために、不当な行政指導をする等の行政介入を行つた結果されたものであるから、違法である。
(1) 昭和五五年三月の県議会において本法人の運営問題、具体的には新施設建築資金捻出のためその資産に抵当権が設定された問題について議員から質問されたので、県はこれに対処すべく本法人を調査したうえ、右問題における債務の処理について行政指導をした。
(2) 本法人においては、昭和五五年一〇月ころ、理事三名が欠けていたため新理事の選任について理事会を開催し、三名の候補者が推薦され討論された。右三名の推薦は、本法人の債務を処理し再建するための処置としてされたもので、右三名のうち一名は大口債権者の一人であつて、同人からは理事に就任した段階で債務を免除する旨の了解を得ており、他の二名も債務整理のため資金援助を約束していた。
(3) ところが、県は、右理事選任に介入し、右侯補者は得体の知れない人物であつて認められない等と言明し、理事の一部に右選任に反対するよう行政指導をしたのである。しかし、その指導に従う理事は少数であつたため、県は、右理事選任決議を阻止しようとし、たまたま本法人の議事録に理事の選任に関して記載がないことを奇貨とし、児童福祉法、社会福祉事業法の規定による事務監査を口実に、議事録を調査したうえ、監査結果についてと題する書面によつて理事選任決議のないことを指摘した。
(4) そして、県厚生部障害福祉課長は、本法人の理事が昭和五五年五月三一日をもつて任期満了になつており、その後は本法人の理事が存在しないとし、行政指導と称して強引に仮理事選任の会議なるものを主催したあげく、一部の理事らをして被告に対し前記七名の仮理事の選任を請求させ、被告に本件処分をさせたものである。
(5) 以上の経緯に照らすと、県は、原告及び春彦を本法人から排除するという不当な目的をもつて本法人の運営に介入すべく右監査を行い、たまたま理事会の議事録中に理事再任の決議の記載がないことを奇貨として、一部理事と共謀して理事が存在しないと称して不当な行政指導を行い利害関係人をして仮理事選任の申立をさせたものというべきであるから、本件処分は違法である。
(二) 本件処分当時、本法人において理事に欠員が生じていた事実はないから、本件処分は、社会福祉事業法四三条、民法五六条所定の仮理事選任事由が存在しないのにされたものとして違法である。すなわち
(1) 本法人は、県から厚生部長名で、昭和五五年二月二一日付監査結果の通知を受けたので同月二六日及び同年三月三日に理事会を開催した。本法人は、右理事会における審議をふまえて同月五日付で県に対し中間報告を行い、その後も数回にわたり理事会を開催して、同年五月二四日付で県に対し指摘事項を解決した旨を報告した。なお、同月三一日が経過した後も理事会は開催されている。
(2) これらの理事会においては、たんぽぽ作業所の開設に伴う経理の調査と負債の整理方法が検討された。その際、原告及び春彦の進退問題も討議されたが、右の調査と負債の整理を検討するには、右両名が理事として留まり、責任を果たすことが不可欠であるとされた。また、他の理事もそれぞれ責任を負うべきであるとの意見が主流となり、理事は、従前のままの陣容で再任することが確認された。
(3) 本法人においては、昭和五二年の設立当初は別として、その後は理事の任期満了に伴う選任や追加選任について、議案に項目として理事の選任を掲げたり、その都度議事録を作成して理事の選出を記載したりするというような厳正な方法は行つておらず、あいまいな形で議決がされて来ている。同五五年二月から五月にかけて開催された理事会において前記のとおり引き続き従前のメンバーが理事として残留することは確認されているのであるから、そのことが議案に掲げられず、又は議事録に記載されていなくても本法人の右慣行に照らし、右理事会で同年六月一日から理事が選任されていたと言うに妨げないというべきである。
(4) このことは、本法人の理事が県から昭和五六年二月六日付監査結果通知を受けるまで理事選任決議の欠缺を全く問題とせず、自分達が再任されていることを前提に本法人の事務を処理して来たこと及び県も右通知を発するまでは前理事が再任されたことを前提に指導を重ねて来たことからも明らかである。
(5) また、春彦は、昭和五五年九月ころ、県の呼び出しに応じて厚生部に出頭したが、その際、県から理事を辞めるよう暗に慫慂され、あわせて原告を理事長職から辞任させるよう指導を受けた。これに対し、春彦は、たんぽぽ作業所の長の職は退くが、理事を辞める意思はなく、いずれは理事長に就任するつもりでいることを明白に告げている。このように、県は、同年九月ころから、春彦が本法人から身を引き、原告が単なる理事となることなどを希望していたが、同五六年二月まではあくまで前役員が再任されたことを前提に春彦が理事であり、原告が理事長であるものとして対処していた。
(6) 以上のように、本法人の理事は、昭和五五年二月から五月にかけての理事会において再任され、本件処分当時理事として存在していたにもかかわらず、被告はこれが欠けているとして仮理事を選任したのであるから、本件処分が社会福祉事業法四三条、民法五六条に違反することは明らかである。
(三) 仮に本法人の理事会において理事再任の議決がなかつたとしても、任期満了によつて退任した理事は、次のとおり後任者が選任されるまで理事としての権利義務を有すると解すべきであるから、本件は民法五六条にいう理事の欠けた場合に該当しない。
すなわち、商法二五八条一項は、株式会社の取締役につき任期満了ないし辞任により退任した場合は、後任の取締役の就任するまで、なお取締役の権利義務を有する旨規定している。これは、法人が存続していく以上、その執行機関を構成する取締役が欠ける事態は極力回避しなければならないという配慮に基づくものである。右趣旨は、社会福祉法人の場合においても何ら相違するところはなく、まして本法人においては全理事の任期が同一であり、任期満了にともない理事は全員退任してしまうのであるから、法人が存続する以上理事が一人もいなくなるという事態の発生するような解釈論はとるべきでない。
したがつて、本件処分は、社会福祉事業法四三条、民法五六条の解釈適用を誤つたものであるから、その違法性は明らかである。
(四) 本法人の定款には、理事の定数が一三名と規定されている。ところが、本件処分は、昭和五五年五月三一日の任期満了によつて理事全員が資格を喪失したとの前提に立ちながら、七名の仮理事しか選任していない。しかし、仮理事の員数は、当然定款に従うべきものであり、本件処分はこの点においても違法たるを免れない。
4 訴訟要件の存在
(一) 出訴期間の遵守
原告が本件処分を知つたのは、昭和五七年六月下旬のことである。すなわち、
(1) 原告は、昭和五五年四月胃かいようで吐血して一か月程入院し、同年六月には脳血栓を併発した。同五六年七月には脳血栓、高血圧病、冠不全が悪化し一〇日余り入院をした。入院していない間は自宅で安静し、治療を受けていた。
(2) 原告は、右のような病状のため理事長としての職務遂行が困難となつたので、昭和五五年九月九日本法人定款六条の規定により理事長代行として理事春彦を指名し、その後は春彦が右職務を行つている。
(3) 本法人は、新施設設立のための資金繰りがこじれて、昭和五六年六月に強制競売を申立てられ、これが一部理事からマスコミに流され大々的に報道されるに至つた。このような状況の中で原告は脳血栓、高血圧病が悪化し、同年六月二九日市立長浜病院に入院するに至つた。右強制競売開始決定が送達されたことや、本法人の会計上の問題等が新聞報道されたことを知人から聞き及び、そのため精神的興奮状態を来したことが入院のきつかけであつた。担当医師は、同年七月八日原告が退院し自宅療養するにあたり、その家族に対し、血圧が高く脳血栓の症状が悪化する危険があるので精神的衝撃を与えることは絶対に避けるように、とりわけ、本法人に関する問題は一切伝えないように指示した。原告の家族らは、右の指示を守り、原告が本法人の問題を問い質しても軽く受け流すようにし、新聞も閲続させないようにしていた。
(4) もつとも、原告方で購読している京都新聞の本法人に関する記事には仮理事という言葉は見えるが仮理事が厚生大臣により選任されたものである旨の記事は一切見当たらない。かえつて、同新聞には、本法人が仮理事を選出したとか、強制競売の停止決定の申立が、たんぽぽ作業所の職員父兄による対策委員会によつてされたかのようにとれる記事がある。そのほか本法人名の下に括弧書で「倶利伽羅春彦理事長代理」ないし「倶利伽羅滋雄理事長」との記事もあるので、前記記事と合わせてこれを読めば一般には本法人の反倶利伽羅派が仮理事を選出して強制競売の異議申立を行つたものと解釈されよう。したがつて、仮に原告が右記事を目にしたとしても、厚生大臣によつて仮理事が選任されたことまで理解することは不可能であつた。
(5) 原告は、昭和五七年二月一三日と同年五月一〇日の二回彦根警察署において、春彦の背任被疑事件の参考人として事情を聴取され、家庭の生活費や、息子の結婚式の費用等について供述し、調書を二通作成されているが、その際本件処分については全く聞かされていない。原告は、同年六月末ころにも一、二回事情を聴取されているが、その時には供述調書は作成されず、同年七月ころ同署から、六月末の事情聴取と合わせて供述調書を作成するので出頭するよう連絡があつたが、健康上の理由で延期を要請していたところ、沙汰やみとなり、そのうち右被疑事件は不起訴となつた。原告が、厚生大臣によつて本法人の仮理事が選任されたことを初めて知つたのは、右六月末ころの事情聴取の際であり、その後直ちに春彦の弁護人であつた高野弁護士に連絡をとり、説明を受けてその意味を了知した。
なお原告は、前記のとおり春彦を理事長代行に選任したが、本件処分の取消しを求める行政訴訟は原告が本法人の業務として行うものではなく、個人として行うものであるから、出訴期間遵守の判定をするための処分の知、不知という問題も、あくまで原告本人について判断されるべきである。
(6) 以上のとおり、原告が厚生大臣によつて本件処分がされたことを知つたのは、昭和五七年六月末ころであるから、本件訴えが行政事件訴訟法一四条一項の出訴期間内に提起されていることは明らかである。
(二) 原告の訴えの利益
(1) 本件処分は、真野寂順ら被選任者に対して、本法人の仮理事たる地位を与えるものであり、その結果、右仮理事らが本法人の業務を執行することとなり、本件処分当理事であつたと主張する者は、本法人の業務執行に関与することができなくなる。したがつて、右処分当時本法人の理事であつたと主張する原告が、その地位を守るためには、右処分の取消しを請求する必要があり、処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する。
また本法人の定款には「理事長の任期は、理事として在任する期間とする。」(九条三項)と規定されている。右規定によれば、任期満了その他の事由で理事を退任すると、直ちに理事長も退任することになるのであるから、原告は、本件処分によつて理事としてのみならず、理事長としても業務執行に関与することができなくなつたというべきである。したがつて、原告は、理事であり理事長であつた旨を主張して本件処分の取消しを求めるにつき訴えの利益を有する。
(2) 本件処分によつて選任された仮理事は、昭和五七年六月一〇日新理事を選任している。しかしながら、本法人の定款によれば、理事の選任は、理事総数の三分の二以上の同意を得て、理事長が委嘱すると規定されている(七条)のであるから、本件処分が取り消されると、前記仮理事による新理事の選任も無効となり、新理事は遡つて理事ではなくなることとなるから、右新理事の選任がなされたことによつて、原告の本件訴えの利益がなくなるものではない。
(3) また、本法人の定款によれば役員の任期は二年とされている(九条)のであるから、昭和五五年五月前後の理事会において、原告ら理事の再任が決議されたとしても昭和五七年五月三一日の経過により理事の任期が満了することとなり、本件処分が取り消されても原告が当然に理事あるいは理事長として復活するわけではない。しかしながら、前記3(三)記載のとおり、退任理事は、後任理事の就任まで、理事としての権利義務を有するというべきであるから、本件処分の取消しによつて原告はかかる理事あるいは理事長としての権利義務を有する地位に復帰するわけである。したがつて、原告は、本件処分の取消しを求めるについて、依然として訴えの利益を有するものである。
(4) 被告は、退任理事の権限につきそれは事務管理的な善処義務にすぎないと主張するが、次の事情に照らすと、退任理事は後任理事の就任まで理事としての権利義務一切を有し、その中には後任理事選任の権限も当然含まれると解すべきである。
すなわち、社会福祉法人の設立にあたり、ほとんどの者が参考にするのは、厚生省社会局庶務課監修、社会福祉法人全国社会福祉協議会発行の「社会福祉法人の手引」と題する手引書であるが、これには設立申請に必要な書類や手続の説明が記述され、多数の書類の書式と定款のマニユアルが掲載されている。本法人の定款も右手引書に従い、一字一句右定款マニユアルそのままの条項となつており、役員の任期の条文は、「役員の任期は二年とする。ただし補欠の役員の任期は、前任者の残任期間とする。」「役員は再任されることができる。」(九条一、二項)と規定されている。ところでその備考解説欄には、「役員はその任期満了の後でも後任者が選任されるまでは、なおその職務を行う」等の「任期伸長規定」をおくことは適当でないとし、その理由として「任期伸長規定」をおくと役員の任期を二年以内と定めた社会福祉事業法三四条二項の規定に違反するおそれが強いことをあげている。したがつて、本法人の定款に「任期伸長規定」をもうけることは事実上不可能の状態にあつたというべきである。よつて、右定款に「任期伸長規定」がないことの反対解釈として本法人の理事の任期が満了した時は、当然にその地位及び権限を失うものと解釈することはできない。
また、右定款マニユアルによれば、理事の任期は同一であるから、全理事が同時に任期満了することとなつており、本法人の場合も右の例にもれない。しかし、社会福祉法人が存続している以上、執行機関たる理事が一人もいないという事態を生じるような解釈はとるべきではないし、法人の活動を円滑に継続させるためには、任期満了により退任した理事は、後任者が選任されるまで理事の権利義務を有すると解釈せざるを得ない。退任理事は、法人の活動を継続させるために、対外的な取引関係を多数締結していくことが予想されるが、これらの契約がすべて権限のない者が行つたことになるような解釈はとるべきではない。
更に、右定款マニユアルによれば、評議員会の設置は原則的なものとされておらず、社会福祉法人においては、本法人のように理事会が理事を選任する旨の定款をおくものが多数を占めている。しかし、任期満了により全理事がその権利義務を失うというのであれば、後任理事を法人自身で選任できないという異常な事態を肯認せざるを得なくなるが、これは法人に法人格を認める以上背理である。任期満了前に役員の選任が失念された場合、任期満了により退任した理事により新理事が選任されるというのが自然な事態であり、自然な法解釈であつて、このような場合必ず仮理事の選任を裁判所あるいは厚生大臣に請求すべしというのは、余りに現実離れした法解釈である。
二 被告の本案前の主張
1 出訴期間の徒過
(一) 本法人の福祉施設の土地、建物につき、昭和五六年六月一八日に不動産競売開始決定が大津地方裁判所彦根支部においてされ、これに対し、本法人は請求異議の訴を提起し、係争中であつたが、右紛争に関する記事が同年八月二九日から九月二〇日にかけて、数社の新聞において数度にわたり掲載されており、右記事中には厚生省の許可を受けて仮理事が選任され、ないしは仮理事が存在し、右の仮理事が本法人の代表者として右の訴えを提起した等の記載があるのである。そして、原告は、本法人の実質的経営者として、本法人に関する新聞記事、ましてや本法人の福祉事業の基礎ともなる施設の土地、建物の不動産競売に関する新聞記事については、当然閲読しているものと考えられるのである。そうすると、原告は、遅くとも昭和五六年九月二〇日までには本件処分がされたことを知つていたと認められる。したがつて、本件訴えについては行政事件訴訟法一四条一項により、遅くとも同年一二月二〇日の経過をもつて法定の出訴期間が満了したことになる。
(二) 原告は、病気のため本法人の職務遂行から離れ、本法人をめぐる紛争の推移について一切知らされていなかつた旨主張するが、右主張は以下のとおり到底採用できないものである。
すなわち、原告は胃かいようのため入院したが、昭和五五年五月一八日には退院し、その約一か月後の同年六月二三日に長浜市所在の佐仲堂医院で受診して以来安静療養に努めた結果、諸症状が良好に推移していたのであるから、仮に同年九月に春彦が理事長代行に指名されたとしても、同人は対外的活動等に当たるのみで、原告が実質的に本法人を運営していたものと推認されるのである(なお、右指名の時期には本法人の理事は、いずれも任期満了により存在していなかつた。)。なぜならば、脳血栓後遺症等により、職務遂行が困難となつた者が理事長として留まつていること自体が不自然であるうえに、強制競売開始決定のあつた同年六月一八日の二か月後の同年八月に前記佐仲堂医院に通院した際の診断も、血圧、心電図、尿所見再燃の兆ありという程度のものにすぎないにもかかわらず、春彦が前記強制競売事件等の推移を原告に一切知らせなかつたばかりか、新聞も閲読させなかつたということは、信じ難いところだからである。また、原告主張の状況においてもなお理事長にとどまり、理事長代行に職務を遂行させていたことは、非常に不可解といわなければならないのである。以上のことから、原告は本法人の運営に依然関与していたものと認めるのが相当である。
仮に原告が主張するように、原告は、その症状のため、理事長の職務遂行が困難となり、昭和五五年九月に理事長代行として、春彦を指名し、その後の職務には関与していないとしても、なお本件処分を知りうる立場にあつたというべきである。すなわち、原告は、法人設立当初から、理事長としてその運営に密接に関与してきており、しかも、原告自らが作成を依頼した公正証書に基づく強制競売開始決定によつて、本法人の経営が危機に瀕しているのに、本法人の仮理事の選任について、無関心でいられるはずはないのであつて、春彦が理事長の代行をしていたとしても、同人が原告に対しこの間の事情について何ら知らせることなく放置していたなどということは到底考えられないところである。
更に、原告及び春彦は、昭和五六年七月八日に、後に仮理事に選任された七名の者から、自己の利益をはかる目的で任務に背いて後記被告の本案に関する主張6の公正証書の作成を嘱託したとして背任容疑で彦根警察署長に対して告発されているが、右告発により、彦根警察署は、同月一八日春彦宅(すなわち原告宅)を捜索して関係書類を押収し、原告も同五七年二月及び五月に同署により春彦の背任容疑の参考人として取り調べられており、また春彦も同五六年九月から同五七年四月にかけて何回にもわたり右容疑で取り調べられたほか、同年一月二六日には、新しい福祉施設を作ると称して女子事務員から三〇万円を詐取した疑いで逮捕されているのである。以上の事実を原告が知らなかつた筈はないのであり、右事実によれば、原告は同年六月下旬に彦根警察署で取り調べられたことはなく、かつ、取り調べを受けた際の対象事項は春彦の理事としての権限のいかんであつたのであるから、同五六年七月にされた本件処分のことが同五七年二月及び五月の原告に対する彦根警察署の取り調べの際に出なかつたとは考えられず、原告が本件処分を同年六月下旬になつて初めて知つたとは到底信用できないところである。しかも、原告は右のとおり、二回にわたつて警察の取調べを受け得る状況にあつたのであり、原告と同居していた春彦が医師の指示に従い、原告に本法人をめぐる紛争の推移について一切原告に知らせず、また新聞についても原告が閲読しないよう処置できる状態にもなく、病状でもなかつたというべきである。
したがつて、原告が本件処分を知つたのは、同人が昭和五七年六月末ころ春彦に対する背任容疑の参考人として彦根警察署において事情を聴取された際であるとの原告の主張は、到底採用し難い。
2 訴えの利益の不存在
原告は、昭和五五年五月三一日の経過をもつて任期満了により理事及び理事長としての地位を失つているうえ、後記退任理事の善処義務の範囲に照らしても、原告において、本件処分を取り消すことによつて守られるべき法的地位は存せず、したがつて、処分取消しを求めるについての法律上の利益を欠くというべきである。
すなわち、本法人においては、昭和五五年二月に実施された県による指導監査の結果、本法人のずさんな経理が明るみに出、県からその改善方を通知されるや、同年二月ころから同年五月中旬ころまでの間前後数回にわたり専ら右改善方を議題として理事会を開催したものであるが、その間に原告及び春彦に対する責任追及問題などで同理事会内部に紛糾が生じたため、結局同年五月三一日をもつて理事全員が任期満了となるにもかかわらず、後任理事を選任すべき理事会が開催されることなく経過し、以後理事不在の状態が続き、本件処分がなされるに至つたものである。
したがつて、原告は、同月三一日の経過をもつて理事及び理事長としての地位を失つたというべきである。
ところで、社会福祉法人における任期満了によつて理事を退任した者の権限については、社会福祉法人における仮理事選任が社会福祉事業法四三条によつて民法五六条を準用していることから、「理事ノ欠ケタル場合」の解釈との関連で、民法法人における任期満了によつて理事を退任した者の権限と同一であると考えられるところ、この点に関しては、以下のように解するのが一般である。
すなわち、民法法人の理事の任期について定款又は寄附行為に定めがある場合に、任期満了により理事を退任した者は、民法六五四条の準用により、その地位を退いた後も後任者の定まるまでは、善処すべき義務を有すると考えられるが、この善処義務といわれるものは事務管理的なものであつて、これには理事固有の権限としての後任理事選任の権限は含まれないと解すべきである。なぜならば、民法法人の理事については、退任後の権利義務を定めた商法二五八条のような明文の規定が設けられていないこと、民法法人は定款又は寄附行為をもつて理事の任期を定めないこともできるし、また、後任者が就任するまでの「任期伸長規定」あるいは「退任者が権利義務を有する旨の規定」を設けることもできるのに、本法人のように定款の中に理事の任期を定めたにもかかわらず、退任者の権利義務に関する規定を置かなかつたのは、当該法人としては、理事が任期満了したときは当然にその地位及び権限を失う趣旨を定めたものと解すべきであるからである。
したがつて、本件においては、原告は任期満了によつて理事及び理事長としての地位を失つているのであるから、当然その地位に基づく固有の権限も消失しているのであつて、仮に本件処分を取り消してみても、原告に理事及び理事長としての地位及び権限が復活するわけではなく、また、退任理事としての権限についても前記のとおり事務管理的な善処義務にすぎず、後任理事の選任等積極的に法人の業務執行に関与しうることまで認められたものではないのであるから、結局法が仮理事制度を規定して理事不在の間の法人の円滑な業務遂行を図るとした趣旨にかんがみても、あえて仮理事選任処分を取り消してまで保護するに値するほどの法的利益が原告に存するということもできない。
よつて、原告には本件処分を取り消すことによつて守られるべき法的地位が存せず、本件処分の取消しを求めるについて法律上の利益を欠くというべきである。
三 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実は認める。但し原告の理事及び理事長としての任期は、昭和五五年五月三一日の経過により終了した。
2 同2の事実は認める。
3 同3(一)冒頭の主張は争う。同(1)の事実中、昭和五五年三月の県議会において本法人の運営につき県当局に対し質問がされたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(2)の事実は不知。同(3)の事実は否認する。同(4)の事実中、県厚生部障害福祉課長が、本法人の理事が昭和五五年五月三一日をもつて任期満了となり、その後同会の理事がいない状態にあるとして会議を開催したこと、本法人の元理事の一人が被告に対し七名の仮理事の選任の請求をしたこと及び被告が本件処分を行つたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(5)は争う。同(二)ないし(四)は争う。
4 同4(一)冒頭の事実は否認する。同(1)及び(2)の事実は不知。同(3)の事実中、本法人に対して強制競売の申立がされ、マスコミに報道されたことは認めるが、その余の事実は不知。同(4)ないし(6)のうち事実は不知。法律上の主張は争う。同(二)(1)ないし(4)は争う。
四 被告の本案に関する主張
1 たんぽぽ作業所は、県、彦根市及び日本自転車振興会の補助金等により整備された施設であるところ、滋賀県知事(以下「知事」という。)は、昭和五五年二月に所部職員をして右施設の新築整備に伴う本法人の指導監査を行わしめたが、その結果建設会社に対する未払金の額、使途不明金等右施設建設に伴う経理が不明確、不明朗であること並びに本法人の基本財産であるたんぽぽ作業所の敷地に、理事の同意及び厚生大臣の承認を得ることなく抵当権設定請求権仮登記をしていることが明らかになつた。そこで、知事は、同月二一日、県厚生部長をして、早急に右の点を改善するよう本法人に対して通知させた。右通知に対し、本法人が、同年三月五日、知事の右指摘事項についての処理方針を報告してきたので、これを受けて知事は、同年四月一一日に所部職員をして本法人に対する調査を実施せしめ、未払金のうちには、理事である春彦が負担すべき金額があつたので、本法人の債務として処理すべき額と春彦が負担すべき額とをそれぞれ明らかにして、本法人が前記指摘事項を適切に処理するよう指導した。これに対し本法人は、同年五月二四日県厚生部長に対し、前記指摘事項を解決した旨の報告をした。
2 昭和五三年四月ころから、「ひかり福祉会援護会」、「社会福祉法人たんぽぽ後援会」等の名称を用い、あるいは「たんぽぽ作業所」への協力をいつて、洗濯ばさみ、絆創膏等の購入(通信販売)を勧誘し、あるいは「チヤリテイー」の開催を案内する文書が全国各地に配布されるようになり、県が調査したところ、右の通信販売等について本法人の理事会は関知しておらず、もつぱら春彦が関与していることが明らかになつた。そこで、県は、右文書等の内容からみて、この通信販売等は本法人、ひかり園作業所又はたんぽぽ作業所が関与しているかの如き誤解を一般の人々に与えるものであり、本法人及び右の両作業所に与える影響は大きいとして、通信販売等を中止するよう春彦を指導した。しかし、同人はこれに従わず、その後も、同様の通信販売を続け、昭和五六年七月一五日には右経緯が新聞に報道されるに至つている。
3 また、昭和五五年九月四日には、松井泰治朗ら本法人の前役員四名が県庁に来庁して、原告父子の独断専行等の本法人の実情を説明するとともに、本法人の運営の正常化を図るため、原告父子を指導するよう要望した。そこで、県が同月一一日に春彦を呼び出し、本法人の正常な運営等について協議したところ、同人から独断専行したことは申し訳ないと思つていること、同月三〇日付けでたんぽぽ作業所長の職を退くこと、父である原告に対し理事長を辞任するよう説得すること等の申出があつた。しかし、春彦が同月三〇日付けでたんぽぽ作業所長の職を退いたのみで、他の事項については実行されず、以後も本法人は正常に運営されないままに推移した。
4 ところで、知事は、同五六年一月三〇日に、所部職員をして本法人に対し、昭和五五年度の指導監査を実施せしめたが、その結果、同五三年六月一日を始期とする理事及び監事の任期が同五五年五月三一日の経過により満了となつているのに(本法人定款九条、社会福祉事業法三四条二項)、その後も役員の選任がされておらず、また施設運営についても問題点があることが明らかになつたので、同五六年二月六日付けで、県厚生部長をして理事、監事の選任及び施設運営の改善方を通知させた。
なお、右の指導監査にあたつて、原告父子に対して指導監査の当日立ち会うよう指示してあつたが、両名は立ち会わなかつた。
5 前記4の通知にもかかわらず、本法人の理事及び監事が選任されないままであつたところ、県は、昭和五六年五月一三日、本法人の基本財産であるたんぽぽ作業所の土地、建物について同年三月一四日に社会福祉法人札幌育成園が所有権移転登記を経由していること及び本法人の理事長印が同五五年九月一六日付けで改印されていることを知つたため、同五六年五月一四日原告から事情を聴取したところ、同人は、理事会の決定を経ずに所有権移転登記及び改印の両手続をしたことを認めたが、前者については財産保全のため行つたもので売買の事実はなく、現在本法人に対する所有権移転の登記手続中である旨及び後者については理事長として職務執行上当然の行為である旨答えた。
ところで、本法人の当初の印鑑は、同五五年三月にされた理事会の決定により、原告らがほしいままに右印鑑を使用することを防ぐために当時の坂井良次理事に預けられ、同人が同年七月に死亡した後はその子供が保管し、同年一〇月一四日からは前理事田中浩蔵が保管していたが、同五六年七月春彦の背任被疑事件の関係で彦根警察署に押収されている。
なお、右所有権移転登記は、錯誤を原因として同年五月一九日に抹消されている。
6 右のとおり、本法人の運営について原告父子の独断専行が続いているので、県は、昭和五六年五月から前役員、施設職員等の関係者による会議を開催し、本法人の運営を正常化するための指導を行つていたが、同年六月一八日大津地方裁判所彦根支部は、京都地方法務局所属公証人磧厳作成の金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づき、本法人の基本財産であるたんぽぽ作業所の土地、建物について強制競売開始決定をなし、債権者金ヶ崎三千彦のために差し押さえた。
ところで、右公正証書は、同年五月一二日に作成されているが、本法人の決定に基づくものでもなく、しかも代表理事として原告が作成の嘱託をしているが、同人は同五五年五月三一日の経過により任期満了となりその権限がないので、右公正証書は無効というほかなく、また、強制競売手続が進行すると現にたんぽぽ作業所に入所している精神薄弱者の処遇に重大な支障を来すことにもなるため、前役員、職員及び精神薄弱者の保護者等の関係者が協議した結果、厚生大臣に仮理事の選任を請求して、事態を打開することが決定された。
右の決定に基づき、本法人前理事であり、かつ、たんぽぽ作業所事務局長である田中浩蔵から、利害関係人代表者として、同五六年七月二五日、被告に対し仮理事選任の請求がなされ、右請求は、これを相当とする旨の知事の副申を添えて被告に進達された。
7 仮理事選任の請求を受けた被告は、前記のとおり昭和五五年五月三一日の経過により理事及び監事の任期が満了しているのにその後も役員の選任がなされておらず、理事が欠けており、そのため、本法人の運営が原告父子の独断専行により正常に行われず、施設への入所者の処遇に重大な影響をもたらし、また、本法人の基本財産であるたんぽぽ作業所の土地、建物に対する強制競売手続の続行が入所者の処遇に重大な支障を来す等、遅滞のため損害を生ずるおそれがあるので、右の請求を相当と認め、同五六年八月二五日、社会福祉事業法四三条、民法五六条の規定に基づき本件処分を行い、右処分を田中浩蔵に対しては同月二六日に、その余の六名には同月三一日に告知した。
8 以上を要するに、本法人においては、昭和五五年五月三一日をもつて理事全員が任期満了となるにもかかわらず後任理事を選任すべき理事会が開催されることなく同日が経過し、以後理事不在の状態が続き、かつ、任期満了による退任理事の権限が事務管理的な善処義務にすぎないことから、右状態が社会福祉事業法四三条、民法五六条で規定する「理事ノ欠ケタル場合」に該当することが明らかであるので本件処分は適法であるのみならず、前記本件処分に至る経緯に照らし、県の本法人に対する行政指導等に何ら違法、不当な点は存しないというべきである。
五 本案に関する主張に対する原告の認否
被告の本案に関する主張1の事実中、たんぽぽ作業所が県等の補助金等により整備された施設であることは認め、その余の事実は不知。同2ないし6の各事実は不知。同7の事実中、本件処分により仮理事が選任されたことは認めるが、その余の事実は否認する。同8は争う。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1(原告の地位)及び同2(本件処分の存在)の各事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が本件処分の取消しを求める法律上の利益を有するか否かについて判断する。
1 本法人は、社会福祉事業法によつて設立された社会福祉法人であるが、同法においては「役員として、理事三人以上及び監事一人以上を置かなければならない。」(三四条一項)、「役員の任期は、二年をこえることはできない。但し、再任を妨げない。」(同条二項)と規定され、更に、「理事は、すべて社会福祉法人の業務について、社会福祉法人を代表する。但し、定款をもつて、その代表権を制限することができる。」(三六条)、「社会福祉法人の業務は、定款に別段の定がないときは、理事の過半数をもつて決する。」(三七条)と規定されているところ、<証拠略>によれば、本法人の定款には「本法人に理事一三名、監事二名合計一五名の役員を置き、理事のうち一名が理事の互選により理事長となり、右理事長のみが、本法人を代表する。」(四条)、「本法人の業務の決定は理事をもつて組織する理事会によつて行う。ただし日常の軽易な業務は理事長が専決し、これを理事会に報告する。」(五条一項)、「理事は理事総数の三分の二以上の同意を得て理事長が委嘱する。」(七条)旨の規定があり、かつ、九条に役員の任期は二年とするが、補欠の役員の任期は、前任者の残任期間とし、役員は再任されることができる旨、また、理事長の任期は理事(定款ではこの部分が「理事長」となつているが、これは、「理事」の誤記と認める。)として存在する期間とする旨が規定されていること、右定款には役員はその任期満了の後でも後任者が選任されるまでは、なおその職務を行う等の趣旨のいわゆる任期伸長規定が存しないこと、本法人は、昭和五一年五月一八日原告ほか一二名の者が理事となり、理事のうち原告が理事長となる役員構成で厚生大臣によつて設立が認可され、同年六月一日付法人登記により成立したものであること、本法人の定款九条一項及び三項の規定によると、本法人の理事及び理事長の任期は、第一期目が昭和五一年六月一日から同五三年五月三一日まで、第二期目が同年六月一日から同五五年五月三一日となること、原告は右第二期目の理事及び理事長として再任されているが、昭和五七年六月一日以降の理事及び理事長として再任されたことはないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、原告は、遅くとも昭和五七年五月三一日の経過により理事としての任期が満了し、したがつて、理事長としての任期も満了することとなつて、その後は理事及び理事長としての地位及び権限を失つていることが明らかである。よつて、仮に本件処分が取り消されたとしても、原告に理事又は理事長としての地位及び権限が復活するものではないというべきである。
2 ところで、原告は、任期満了により退任した理事(理事長)は後任理事(理事長)の就任まで理事としての権利義務一切を保有するところ、その権利の中には後任理事選任の権限も含まれるから、原告は本件処分の取消しを求める法律上の利益を有する旨を主張する。
そこで検討すると、社会福祉法人における理事の選任行為は、民法法人におけると同様法人と理事との間に委任に類似する契約関係を樹立する行為であると解されるから、任期満了によつて理事を退任した者の退任後の権限の有無及び内容についても、定款に特段の定めのない限り、委任に関する規定を準用して判断すべきものであり、したがつて、理事としての地位を退いた者も、いまだ後任者がなくかつ急迫の事情のあるときは、後任者が就任するまでの間必要な処分をなす義務(以下これを「善処義務」という。)があり、右義務を尽すために必要な範囲内の権限を有するものと解される(民法六五四条参照)が、しかしながら、右権限は急迫の事情のあるときにおいて極めて限定された範囲内でのみ認めうるものであつて、原告主張のような後任理事の選任等の理事に固有の権限までは含まれないものと解すべきである。けだし、社会福祉事業法が、理事の欠けた場合につき、退任後の取締役の権利義務を定めた商法二五八条のような規定を設けたり、右規定を準用したりすることをしないで、民法五六条を準用している(社会福祉事業法四三条参照)以上、社会福祉法人にあつては、理事の任期満了等によつて欠員を生じた場合、退任した理事は直ちにその地位を失い、職務の執行をなし得なくなるために、もはや法人の業務は仮理事の選任をまつて行うほかなく、かつ、それをもつて足りることとしたものと解さざるを得ないからである。したがつて、仮に本件処分が取り消されたとしても、原告は、前記善処義務を負い、またこれを尽すために必要な範囲内の権限を有することとなるにすぎず、後任理事の選任等を含む法人の積極的な業務執行に関与することができることとはならないというべきであるから、原告には本件処分の取消しを求める法律上の利益はないものといわなければならない。
3 この点について、原告は、なお、本法人においては全理事の任期が同一であるところ、社会福祉法人が存続している以上、右のような執行機関たる理事が一人もいなくなるという事態を生ずるような解釈をとるべきではないと主張する。
しかしながら、社会福祉事業法四三条は前記のとおり民法五六条を準用しているところ、同条における「理事ノ欠ケタル場合」には、何らかの事情によつて理事が全く存しなくなつた場合も当然含まれるものと解されるから、右のような事態が生じることは法の予定するところというべきである。よつて、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、退任理事が後任理事就任まで従前と同一の権利を有すると解さないと、取引の安全が著しく害される旨を主張する。
しかし、取引の安全が害されるからといつて直ちに、退任理事が従前と同一の権利を有すべきものとする法理はないのみならず、仮に退任理事がその権限を超えて取引行為をしたために善意の第三者が不測の損害を蒙る事態が生ずるような場合には、表見代理の法理が働く余地のあることはいうまでもないのであるから、右事情をもつて、退任理事の権限を従前のものと同一に解すべき根拠とすることはできないものというべきである。原告の右主張も理由がない。
更に、原告は、当該法人に理事は理事会が選任する旨の定款がある場合において、理事会がその任期満了前に後任理事の選任を失念したときに、退任理事により新理事が選任できないのは、法人に法人格を認める以上背理であると主張するが、しかし、退任理事により新理事を選任できないことが、原告主張のように、当然に背理であるということはできないのみならず、社会福祉事業法四三条が準用する民法五六条は、理事が欠けるに至つた事由を何ら限定していないから、理事の選任を同法人の理事自身が失念したために理事が欠けるに至つた場合もこれに含まれるのは当然であり、このような場合も、右規定により、前理事等の利害関係人が厚生大臣に仮理事の選任を請求すべきものであつて、そうすることにより法人は同一性を保ちながら活動することができるのであるから、原告の右主張もまた理由がないというべきである。
4 以上によれば、原告には、本件処分を取り消すことによつて回復すべき利益が存しないというべきであるから、原告は本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しないものといわなければならない。
三 よつて、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宍戸達徳 中込秀樹 小磯武男)